開院までの主たる経歴
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左の写真は那覇基地勤務の際、T-4に体験搭乗したときの院長
*ちなみにT-1×3(小牧と芦屋だけど4だったかも)
芦屋での1回は、ナイトフライト(パイロットは元航空総隊司令官)
*T-4×3(那覇)
このくらいのフライトが楽しいかも(Gスーツなしです)
*F-15×1(築城)
途中辛かった(グレイアウト)
*F-16×1(Hill AFB)
同乗したベテランの少佐が大尉×2相手に適役
フレア生で観た
簡単に体験搭乗出来た→日米の差です
融通が利かない、行政の干渉が強いのが日本

上の写真はHill AFBでF-16に体験搭乗した際のパイロットと
防衛医科大学校
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| ラグビー練習後 (1年時) |
確か松戸歯科との試合前 (同じく1年時) |
試 合 後(左端) (川上君、二日酔い) |
合宿(4年時) エアコン無し |
![]() 入校式@学生舎 |
館山沖での遠泳訓練 |
護衛艦乗艦実習時のベッド(二年生横須賀→江田島) |
ローマにて(4年) |
右上に合宿時床で眠る院長
当時の部屋は西向きです、そう夕刻は日差しサンサン!
床で寝ているのは暑さ対策+腰痛対策です
小中で剣道やっていた頃から腰痛気味
防医大入校してラグビー部→腰痛再燃(かなりひどかった)
そのためいつのころからかマットレスを取って眠るようになりました
写真の右端に立てかけてあるのがマットレス
あとマットレスを立てかててるのは同室の後輩のベッド(まっ、金属ですが)です
狭いでしょ!?
本題
とにかくエアコンなしでも耐えてましたが、それでも耐えられないほど暑い日が4年時にあった、眠れない
いつの間にか(同期生数名が)第一学生舎の一階にあったエアコン装備の談話室に
同期愛が強い9期なのです
指導官からは個人主義の9期と評されました
その最たる象徴のA先生はかつて
同窓会費納入率が最も良いのは9期だとどこかで発言されてました
理1含め有名どころを蹴って入校した同期も多かったですから良識があったのでしょうか
昨年11月久しぶりに同期会に出席
若干姿かたちは変わっても6年間一緒に過ごした仲間
説明しがたい繋がりがあるのです
あっ、先日ラグビー部7期の先輩から突然メールが
たまたま当院を知ったらしい
その先輩は入校後の初めての外出時、所沢のダイエーに同伴してくださった方です
それ以外も産業医大の先生からも時折突然のメールが届きます
ネットの世界ならではですね
防衛医科大学校病院及び国家公務員共済三宿病院で初任実務研修
これは血液内科や悪性疾患を主として診る科で研修した頃の写真です
その頃入院されていた方が撮影してくださいました
その当時の患者さんの名字って、結構覚えているものですね
産業医科大学第2内科研究生、航空自衛隊芦屋基地
防衛医科大学校専門研修
航空自衛隊芦屋基地
米空軍上級航空医官課程(AAMIMO(USAFSAM) 当時はBrooks AFB in San Antonio)
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自衛隊那覇病院、自衛隊那覇基地
異動後しばらくして覚えた、ダイビング
沖縄ってしばらく住むと狭い空間なので、閉塞感を持ってしまった
そんなとき、同僚に誘われてダイビングのライセンスを取得
魚や鳥を触るなんてとんでも!だったけど、ダイビングはハマりました
(撮影者は院長ですよ)
西表で遭遇したマンタです(Mr. Sakanaさん)
凄いパワーがあったダイビングショップで、西表から石垣(カビラ湾)まで出張してくださった事も
国家公務員共済三宿病院、自衛隊中央病院
とみやまクリニック開院
専門医等資格










